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税務の勘所Vital Point of Tax

最高裁 債務免除益は給与等に該当 高裁判断を破棄、審理差し戻しへ

2016/07/22

 権利能力のない社団の理事長を務めていたA(以下、A理事長)に対し、同社団が貸し付けていた金員について、改正前の所得税基本通達36-17を適用し、債務を免除したところ、所轄税務署長が債務免除に係る経済的利益はA理事長の賞与に該当するとして、同社団に対して給与所得に係る源泉所得税の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分を行った事案で、最高裁は昨年10月、高裁判決を破棄し、審理を尽くさせるために本件を高裁に差し戻す判決を下した。地裁、高裁ともに納税者の主張が認められた争いで、最高裁が審理を差し戻した理由とは…。

55億円まで膨れ上がった借入金債務
 A理事長は昭和56年頃、青果物その他の農産物及びその加工品の買付けを主たる事業とする権利能力のない社団の専務理事に就任。その頃から同社団や金融機関から金員を繰り返し借り入れるようになり、これを有価証券取引や有価証券先物取引などに充てていた。
 その後、バブル経済の崩壊にともない、借入金の弁済が困難であるとして、A理事長は同社団に借入金債務の減免を求めるようになった。同社団は、平成2年12月以降、度々その利息を減免したが、元本に係る債務の免除には応じなかった。

 平成19年12月、A理事長の同社団に対する借入金債務は、借入金残元本と約定利息を合わせて約55億6千万円まで膨れ上がっていた。同社団は理事会において、A理事長からの借入金債務の免除の申し入れに対し、A理事長および元妻で連帯保障人のBが所有・共有する不動産を買い取り、その代金債務と借入金債務を対当額で相殺し、相殺後の借入金債務を免除することを決議。同社団は、A理事長および連帯保証人のBが所有・共有する各不動産を総額約7億2千万円で買い取り、相殺後の借入金残元本約48億3千万円を免除した。

債務免除をした理由
 平成17年7月、A理事長は株式会社Cから借入金債務の免除を受けた( 平成1 7 年債務免除益)。これに対する更正処分等を不服として異議申立てを行ったところ、所轄税務署長は、平成19年8月、異議申立てに対する決定を行い、その理由中において、平成17年債務免除益について改正前の所得税基本通達36-17(債務免除益の特例)の適用がある旨の判断を示した。

 同通達では、債務免除益のうち、「債務者が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合に受けたものについては、各種所得の金額の計算上収入金額又は総収入金額に算入しないものとする」旨を定めていた。

 なお、A理事長の後任の理事長は、同社団が債務免除をした理由について「平成17年債務免除益に本件旧通達の適用がある旨の判断が示されており、その後もA理事長の資産が増加していないことから、A理事長に資力がなく、同社団に対する借入金の弁済が不可能であると判断するとともに、これまでの理事長及び専務理事としての貢献を考慮した」と述べている。 

税務署は「賞与」と判断
 しかし、倉敷税務署長は、平成22年7月20日付けで、本件債務免除益がA理事長に対する賞与に該当するとして、同社団に対して債務免除等に係る平成19年12月分の源泉所得税約18億3千万円の納税告知処分及び不納付加算税約1億8千万円の賦課決定処分を行った。

 同社団は、これを不服として異議申立てならびに審査請求を行ったが、いずれも主張は認められず、平成24年3月、同社団は裁判所に訴えを提起した。

 裁判の争点は、①A理事長への債務免除益が給与等に該当するか、②債務免除益を源泉所得税の計算上給与等の金額に算入すべきか( 所得税基本通達36-17の適用があるか)。

社団側の主張
 A理事長が同社団の理事長であるか否かに関係なく、A理事長が弁済能力を喪失しているために債務免除を行ったにすぎず、債務免除益が役務の提供に対する対価であるということはできない。また、本件債務免除によって担税力を増加させるような利益をA理事長に与えたともいえない。弁済能力を喪失したA理事長に対する本件債務免除益が給与等に該当するという解釈をとると、源泉徴収義務者である同社団に対し、債務免除という負担以外に、A理事長から徴収できる見込みのない源泉徴収義務という負担を課すことになり、妥当ではない。したがって、本件債務免除益は、給与等には該当しない。

岡山地裁の判断
 本件債務免除時において、A理事長は約52億7千万円の債務を負っていた。当時のA理事長の資産は約2億8千万円にすぎず、負債はその資産の実に20倍に迫る金額に達しており、債務超過の状態が著しいものであったといえる。A理事長は、年間収入として不動産収入や役員報酬等合計約3700万円を得ているが、債務の額が多額であることに鑑みれば、近い将来において本件債務全額を弁済することが可能であるということもできず、弁済するだけの資金を調達する能力があったということもできない。以上の事実に鑑みれば、本件債務免除益にも、本件通達の適用があるものと認めるのが相当である。

 なお、当局側は、同社団を実質に支配していたA理事長が、同社団に債務免除を強いたということを理由に、本件債務免除益は通達要件に該当しないと主張する。しかし、当局側の主張は、債務免除益が「債務者が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合に受けたもの」に該当するか否かとは異なる視点からの主張である。したがって、仮に本件債務免除益が給与等に該当するとしても、債務免除益に本件通達を適用しなかったことについての合理的な理由が示されていない以上、平等取扱いの原則に反し違法であり、取消されるべきである。 

広島高裁の判断
 平成17年債務免除益に本件旧通達の適用があるとの判断が所轄税務署長により示された後、A理事長の資産の増加がなかった状況の下で、本件債務免除がされたことからすると、債務免除の主たる理由は、Aの資力喪失により弁済が著しく困難であることが明らかになったためであると認めるのが相当であり、A理事長が同社団の役員であったことが理由であったと認めることはできない。したがって、本件債務免除益は、これを役員の対価とみることは相当ではなく、所得税法28条1項にいう給与等に該当するということはできないから、債務免除益について同社団に源泉徴収義務はないというべきである。

最高裁の判断
 同社団がA理事長に対して多額の金員の貸付けを繰り返し行ったのは、A理事長が同社団の理事長及び専務理事の地位にある者として職務を行っていたことによるものとみるのが相当であり、A理事長の債務免除に応ずるに当たっては、同社団に対するA理事上の理事長及び専務理事としての貢献についての評価が考慮されたことがうかがわれる。これらの事情に鑑みると、本件債務免除益は、A理事長が同社団に対し雇用契約に類する原因に基づき提供した役務の対価として、同社団から功労への報償等の観点をも考慮して臨時的に付与された給付とみるのが相当である。したがって、本件債務免除益は、所得税法28条1項にいう賞与又は賞与の性質を有する給与に該当するものというべきである。

 原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があり、原判決は破棄を免れない。そして、債務免除当時に、A理事長が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であったなど、本件債務免除益をA理事長の給与所得の収入金額に算入しないものとすべき事情が認められるなど、本件各処分が取り消されるべきものであるか否かにつき更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。 

 債務免除当時のA理事長の債務の総額は約52億円。一方、当時のA理事長の資産は約2億8千万円、年間収入は合計約3700万円。確かにA理事長の負債総額は、資産の20倍に迫り、同社団が主張するように「A理事長の年間収入を全額返済に充てたとしても、元金返済だけで140年を要する」ものだが・・・最高裁の審理差し戻しで、広島高裁はどのような判断を下すのだろうか。

 

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